プレップチームでの生活について派遣先キーマンに聞く。

ジェリィ・クィン(Jere Quinn)
セントトーマスモアでのヘッドコーチ歴は37年以上となります。
プレイヤーとしてはセントラルコネチカット州立大学でキャプテンを務め、同大学の通算アシスト数で歴代1位の記録を収めています。
これまで、300人以上のバスケットボール選手をアメリカの大学バスケットボール部へ進学させ、うち250人超が奨学金を獲得しています。 アメリカの大学バスケ部に選手を送り込んでいる数は現役の全米の高校、プレップスクールの中で最多となります。
アメリカのプレップスクールで一番長いコーチ歴を持っており、夏休みには25年以上、バスケットボールキャンプでコーチを行い、世界中でクリニックを開いています。
Q4:渡邉君についてはどんな印象をお持ちですか?
第一印象は、街、家、家族、国を離れて頑張る素敵な若者だと思いました。バスケットボールプレーヤーとしてのユウタは、並外れた技術をもち、無限の将来性を秘めた少年です。どれだけ優れたプレーヤーかというと、私がジョージワシントン大学で特別なプレーヤーになる可能性があると感じるほどです。またその後は、少なくとも日本でプロのプレーヤーになると思います。そうでなければ、ヨーロッパのどこかのチーム、アメリカのチームということもあり得るでしょう。彼は身長が2m5~8cmもありながら、シュートが打て、よく走れる極めて優秀なプレーヤーです。
彼はアメリカ人プレーヤーを恐れることがないように、アメリカのバスケ界でもう少し知られる存在になり、そしてもう少し自信を持つ必要があると思います。なぜなら彼は日本以外でプレーした経験が少ないからです。しかし、プレップスクールはAAAクラス、つまりアメリカの大学以下のリーグでは最高峰と考えられていますが、彼はそのアメリカ北部のプレップスクールのバスケチームの中においてもハイレベルな日本人プレーヤーだと思います。
ユウタはこの国でプレーすることにより、より強くなるという自信が私にはあります。そして彼は非常に素晴らしい特別な大学生プレーヤーになると信じています。先ほど言った通り、彼には将来性があるからです。きっと有名になるでしょう。
Q5:日本人以外の外国の選手にはどんな印象をお持ちですか?
外国人選手はアメリカバスケットボールのゲームに違った要素を加えています。良い結果を残し、スキルレベルも高いです。他国の選手とチームを作る面白さは、個人のことよりもチームのことを一番に考えるところにあります。そこで私たちは彼らに、たまには自分勝手になることも悪い事じゃない、アグレッシブになってパスではなくシュートをしてもいい、と教えています。私たちは素晴らしい留学生たちを受け入れてきました。ユウタもその中の一人です。ユウタには特にパスではなくもっとシュートを打っても良い、と言ってきました。
私たちのチームには毎年3-4人の留学生がいます。繰り返しますが、日本人生徒を受け入れることは素晴らしい経験です。なぜなら、私たちの大きな目的は生徒を成長させることだからです。また、大学へ行く準備を整えることに重点を置き、バスケで奨学金を得ることを第一の目標としています。私は彼らのコーチをすることを楽しんでいます。選手はいつも熱心で、日々成長しているからです。
Q6:今までコーチしてきた中で、特別に印象に残っている選手や、傑出した選手などがいましたら教えてください。
そうですね、それはとても難しい質問です。毎年13人程の選手がおり、全員大学へ行くのです。それぞれの選手が印象に残っています。学校として彼らが大学に行くことを嬉しく思っています。そして私は彼らがより高いレベルへ行くことに不安を感じたことはありません。毎年高いレベルで活躍する選手がいます。過去にはアメリカ代表に選ばれ、FIBAナショナルチャンピオンになったアンドレ・ドラモンド(※3)を見てきましたが、ディビジョン2やディビジョン3に行った生徒についても同じ様に誇りに思っています。現在は大学バスケ界で50人弱の選手がプレーをしています。
誰が一番かとよく聞かれますが、正直に言うと自分の2人の息子だ、と答えています。妻にそう言えと言われました(笑)。本当に、全員の選手と楽しんでやっています。

(※3)アンドレ・ドラモンド(Andre Jamal Drummond)
セントトーマスモアスクール出身のNBA選手。2014年11月現在はNBAのデトロイト・ピストンズに所属。
Q7:若い頃のご自身の憧れの選手についてお伺いしたいのですが。
今の子供達は、私の子供の頃と比べると、様々な選手を見る機会がありますね。時代は変わりました。私は何人かのポイントガードを自分のプレーの手本にしようとしてきました。ガードでは、ニューヨーク・ニックスでプレーしていたウォルト・フレイジャー(※4)です。クライドと呼ばれ、スムーズな動きでディフェンスやパスに優れた素晴らしいガードでした。もう一人はピート・マラビッチ(※5)です。子供達は皆ピートになりたいと思っていました。本人と会う機会があったのですがすごく良い人でした。彼はただ優れた才能を持っているというだけではなく、内面も優れた素晴らしい人間です。

(※4)ウォルト・フレイジャー(Walter "Clyde" Frazier)
1960年代後半から70年代にかけてニューヨーク・ニックスとクリーブランド・キャバリアーズに在籍し、NBAリーグを代表するポイントガードの一人として現役時代を過ごした。

(※5)ピート・マラビッチことピーター・プレス・マラビッチ
(Peter Press Maravich)
1970年代にNBAのアトランタ・ホークスやニューオーリンズ・ジャズなどに在籍し、NCAA時代には驚異的な得点力でリーグを支配、通算3667得点、平均44.2得点という途方もない成績を記録した。